五稜郭の戦い 土方歳三以外に元新撰組メンバーは参加していた!?

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五稜郭の戦いに土方歳三と新撰組の一部が参加したことは有名ですが、実際にはどれくらいの規模で参加し戦果を挙げたのでしょうか。

実は京都時代からの新撰組は函館新撰組の1/7にしかすぎず、その他はとある事情で蝦夷地に渡る際に参加しました。

新撰組として最後の戦いとなった函館戦争。それはどのようなものだったのでしょうか。

五稜郭の戦いに参加した新撰組隊士

多くの有名な隊士は鳥羽伏見から始まる戦い死傷したり離脱しており、土方と共に函館に渡った京都時代からの隊士はあまり有名な人物は多くいません。

一番有名な人物としては監察だった島田魁があげられます。

彼は御陵衛士(新撰組を離脱した伊東甲子太郎一派)を粛清した油小路事件や鳥羽・伏見の戦いにも参戦しており、大河ドラマ新選組!では照英さんが演じている人物です。

その他のメンバーとしてはこの2名が割と名前の知られた人物です。

相馬主計:京都時代からの隊士で、土方歳三戦死後、新撰組降伏に隊長として署名したことで有名

市村鉄之助:京都時代からの隊士で、入隊後から五稜郭の戦いに至るまで土方歳三付であり、函館戦争のおり、土方に遺品を託され函館から脱出し、その品を土方の実家に届けた。

また、蝦夷地に渡る際に入隊した隊士の中には京都で藩の外交を一手に引き受けていた人物などもおり、その時代としては顔が知られた人物もいます。

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五稜郭の戦いに参加した新撰組隊士の人数

蝦夷地に渡るために仙台に集まった際、京都時代からの隊士は21名でした。

しかし、行軍中に松江藩・唐津藩・桑名藩出身者たちが参加し、上陸時には163名になっていました。

この三藩関係者が多い理由としては、その藩の藩主たちが旧幕府軍と行動を共にしていたためです。

最後まで藩主につき従った家臣たちが蝦夷地に渡る際、新撰組に入隊しないと同行出来なかったため所属することとなりました。

降伏後の隊士たちの行方と処遇

降伏後、榎本武揚はじめ指導者たちは投獄されるものの、紆余曲折の末、新政府で活躍します。

彼らは幕府内でも重用された人材でしたので、それを樹立間もなく海外列強と対抗するため急速に近代化を推し進める新政府にとっても必要な人材でした。

彼ら指導者が処分されなかったこともあり、所属していた隊士たちも各藩預かりの後、赦免されています。

新撰組とはいえ、蝦夷地にて入隊した隊士がほとんどでしたが、京都時代に暗殺に関与したとされる数名が処刑された以外は赦免されています。

多くはそれなりに明治時代を生き、中には事業や学業で大成した人物もいます。

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まとめ

函館に渡った新撰組は生え抜きよりも蝦夷地に渡る際に入隊したものの方が多かったですが、特に隊内でトラブルが起きていないのは、お互いに明確な敵(新政府軍)が存在していたからかもしれません。

なかなか資料が少ない新撰組末期ですが、戦に敗れて失われた歴史を紐解くのも良いかもしれません。

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