悲劇の箕輪城に宿る怨念とは? 心霊スポットの所以を徹底解明!

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群馬県に位置する心霊スポット『箕輪城』ですが、数ある心霊スポットの中でも特に注意が必要と言われています。

何故そこまでして警戒されるのでしょうか?それには箕輪城の恐ろしい歴史に関係がありました。

今回はその悍ましい歴史にスポットを当てて、心霊スポットになってしまった原因をお話していきます。

箕輪城とは

箕輪城は群馬県群馬郡箕郷町に存在していた、日本百名城の一つに数えられる程の立派な堅城です。

箕輪城の周囲は川や沼が天然の堀の役割を果たしており、自然に恵まれた上に城の広さも非常に広大であった事から『自然の要塞』とまで言われるようになりました。

元々は永正9年(1512年)に長野業尚によって築城されますが、その後武田氏の巧妙な箕輪城を周辺の城から孤立させ、総攻撃を仕掛ける作戦に嵌ってしまい落城してしまいます。

その後は時代に翻弄されるかの様に、持ち主を次々に変えますが最終的に井伊直政が慶長3年(1598年)に高崎城に移封になった際に廃城となりました。

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箕輪城の心霊スポット

箕輪城は群馬最強の心霊スポットと言われる割に、地元の人にはあまり定着していない事や、幽霊の目撃談は極端に少ないです。

具体的に見えた幽霊談は、何の因果があって箕輪城に辿り着いたかよく分からない松葉杖をついた幽霊が出たというもので、特に長野氏と関連のある話は出てきません。

しかし、本丸の近くに近付くと、武田軍に嵌められて自害に追い込まれた業盛氏の無念が今も渦巻いているからか、周りと明らかに空気感が違うそうです。

ですが、そこで具体的に長野氏の幽霊は目撃されてはいません。

箕輪城の祟りに関連するお話

実は箕輪城に関連する祟り話が存在し、その祟りを引き起こすのは武田氏に総攻撃を仕掛けられ城の中で自害を図った長野業正の妻:藤鶴姫だというのです。

武田氏の総攻撃を受けて何とか逃れようと数人の家臣を連れて城を出た藤鶴姫は、何とかお堂に逃げ込むも外から聞こえた声にこれまでかと自害をしてしまいます。

しかし、実はその声を掛けたのは藤鶴姫の家臣の声であったのです…その事から、藤鶴姫の無念が詰まったそのお堂の傍を通ると、不思議と鼻血が出て止まらなくなるそうです。

終わりに

非業の死を遂げた業盛と藤鶴姫の無念が今も城を彷徨い、あの独特の冷たい空気を生み出していると思うと何ともやりきれませんね。

箕輪城に行く際には上記の事も頭に入れて、失礼な事をしない様に心掛けた方が良いでしょう。

はっきりとした実態は無いのに、不気味な噂ばかりが全国に轟いたその得体の知れなさ、是非味わってみては如何でしょうか。

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