謎に満ちた歴史の裏には何が? 小机城で起こる心霊スポットといわれる理由

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築城者もはっきりせず、いつ出来たかもいまいちはっきりしない謎多き小机城。

しかしそこには、恨みつらみを抱いて死んでいった武士の霊が多く存在していると全国でも有名となりました。

今回はその歴史に合わせて、心霊スポットと言われる様になった原因を探っていきたいと思います。

小机城とは

小机城は、現在の神奈川県横浜市北区小机町に諸説ありますが、15世紀前半頃に上杉氏によって築城されたと言われています。

その歴史も謎が多く、一番最初に小机城の名前が挙がったのは1478年とされており、長尾景春氏が家宰職を相続できなかった事で山内上杉家の主家へと起こした反乱の際に、景春氏に加勢していた豊島氏がこの城に立てこもった事が始まりです。

その後、豊島氏は二か月の間戦い続けますが敗れてしまいあえなく落城、その後は廃城となっていましたが、北条氏綱氏によって修復、その後城主を変えながら1590年の小田原征伐の無傷開場迄その歴史は続きました。

しかし、徳川家康の関東入府に合わせて廃城となり、その長い歴史に幕を下ろしました。

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小机城で起きるとされる心霊現象

小机城の心霊現象で一番代表的なのは、小机城址に近付くだけで霊感のある人は何かが見えている訳でも無いのに気分が悪くなり、立っていられなくなるそうなのです。

また、数人の男女で乗り込んだ若者がいましたが、その内の一人が黒猫を抱いた女の霊を目の当たりにした他にも、小机城址を歩いている際にずっと後ろから何かに付いてこられていると訴えたそうです。(この時も実際に姿は見えていませんでした。)

小机城址の歴史を考えると、そこに現れるのは当時合戦で命を落とした武士達で間違いなさそうですが、小机城は八王子城や鳥取城と違い、多くの自害者を出したり、飢え殺された凄惨な歴史がある訳ではありません。

では、何故こんなにも多くの霊が存在し、現在も人々を脅かすのでしょうか?

小机城で心霊現象が起きる理由

小机城に心霊現象が頻発するのは、どうやらその立地に問題があった様です。

現在の小机城址やその付近には昔、合戦で亡くなった兵士を供養した『九養塚』や『十三塚』が建てられた他にも、合戦場の余りに凄惨な光景と、その戦場で流れた地で谷戸と呼ばれる土地が赤く染まっていた事から、『赤田谷戸』と呼ばれるようになった地が存在します。

ここには多くの戦で命を落とした武士の魂達が今も彷徨い、時折訪れる人の前に現れては自分達の無念を必死に伝えているのかもしれません。

終わりに

小机城の霊達は、地元の人からも恐れられてはいますが、刺激をしない(馬鹿にしない、大声で騒いだりしない、場を荒らさない)限りは害も無く、後ろを付いて回って来ても家まで付いてくる事はないそうです。

ですが、危険な心霊スポットである事は間違いないので、供養の気持ちを持って小机城址を訪れる様にしてくださいね。

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