大坂城の石垣にある謎の刻印の正体とは!?

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大坂城の石垣に使われている石たちに、いろいろな刻印がされているのを知っていますか?

そして、刻印がされている石を使った石垣を持つお城はわずかで、それらに共通点があることも…

石垣の刻印されている石の正体とは

大坂城の石垣をよく見てみると、様々な刻印がほどこれさていることに気付くと思います。

なかには、どこかで見たことがあるような刻印も。

実は、その刻印は大名家の家紋だったり、石の産地の印なのです。

その刻印の種類は全部で2,000種類、施されている石は5~6万個ともいわれています。

何故、色々な大名家の刻印があるかというと、大坂城の石垣は大坂の陣の後に行われた天下普請によって作られたものだからです。

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天下普請とは

天下普請とは、幕府の命令によって各大名家が割り振られた役、場所の工事などを行うことを意味します。

各大名の身分、財力、技術に応じて、担当場所が割り振られ、それらを各大名が責任もって作業を行います。

この天下普請によって建てられた城は、大阪城の他に江戸城、名古屋城、篠山城が挙げられます。

西国大名と東国大名で差がある!?

この石垣、西日本の大名家によって作られていますが、よく、豊臣方であるために、財力などを締め付けるために担当させたといわれていますが、そればかりではありません。

元々、西日本は石垣加工に適した花崗岩がよく取れることもあり、石垣を多用した城が多く作られています。

それに対し、東日本の城の多くは土塁が多いといわれます。

また、織田信長、豊臣秀吉が石垣を多用した城を好み、穴太衆という石垣技術者集団を豊臣系大名が抱えていたこともあり、元々西国大名、豊臣系大名は石垣作りが得意であったという側面もあります。

東国大名には堀が割り振られており、これは石垣作りに対する技術、能力差を考慮したものともいわれており、さらには譜代大名と外様大名での差がどの程度であったのかなどさらなる比較が必要と思われます。

石へ刻印の必要性

諸説ある中でまず、言われているのは、自分が担当した場所を明確にするためとされています。割り振られた部分の作業を行うという意味でこの必要性はあったのではないでしょうか。

また、同じ採掘現場で複数の大名家が作業を行っていたので、他の大名のものと混ざらないようにするためとも言われています。

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刻印されている石の場所

敷地内にある刻印石公園には刻印された石が点在しており、また、説明板もあるので刻印の意味も含めて、知ることが出来るのでオススメです。

また、石垣の中に組み込まれた状態の刻印石は、天守閣の下の石垣や千貫櫓の石垣で探してみるといいでしょう。

空堀の北壁にもありますが、お堀越しに見るようになるため、双眼鏡が必要です。

訪れた際にはどれだけ探せるかチャレンジしてみるのも楽しみ方の1つかもしれませんね!

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