『太閤さんのお城』大阪城には隠された恐怖の心霊スポットがあるらしい!

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日本三名城にも数えられる程に有名な『大阪城』しかし、そこには驚くべき歴史と恐ろしい心霊スポットが存在していたのです。

今回はそんな恐ろしい大阪城のもう一つの面をご紹介していこうと思います。

大阪城とは

大阪城は『太閤さんのお城』と言われていた通り、豊臣政権の本拠地になっていましたが、大坂夏の陣にて豊臣没落時に一度焼失してしまいます。その後の調査によって、徳川氏によって築城されたと言われていますが、万治3年(1660年)の落雷が原因での焔硝蔵の大爆発や、再び寛文5年(1665年)の落雷で今度は天守を消失するなど、何故か不運ばかりが城を見舞いました。

しかし、寛文5年の落雷後は天守の無い城として暫くの間平和に存在していました。その後の慶応3年(1867年)の王政復古の大号令にて新政府に大阪城は明け渡され、原因は様々囁かれているものの混乱の中、火を点けられ大阪城は焼失してしまいました。

その後、昭和3年に天守再建を含む大阪城公園の整備事業が提案され、昭和天皇の即位記念事業として再建が進められ、現在の大阪城の姿になりました。

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大阪城の心霊スポットは?

では、数ある大阪城の心霊スポットを紹介していきます。

淀君の幽霊が城内を徘徊している

淀君とは豊臣秀吉の側室だった女性で豊臣秀頼の母としても有名ですが、最後まで大阪城の中で援軍を待ちながら戦い抜いた後に、大阪城が落城となる際に城と運命を共に自害を図ったとされています。

しかし、その自害をした姿・遺体を誰一人として目にしなかった事で、『実は生存して逃げ延びたのでは?』とされている不思議な人物でもあります。

現在では、城内の至る所で淀君と思われる着物を着た女性が徘徊している姿が目撃されています。現在も一人城の中で恨みを抱え彷徨っているのでしょうか?

豊臣氏が引き寄せてる?自殺のスポット

大阪城公園の木々は、実は有名な自殺の名所として知られています。毎年多くの人がその木に首吊りをして揺れているそうで、夜中に遊びに行くと首つりをした幽霊が見えたり、謎の黒い三角形の様な物が縦横無尽に移動しているのを目撃したとの噂があります。

豊臣氏の無念が人を呼び、更に大きな怨念になって公園内を渦巻いているのでしょうか…。

溶鉱炉から聞こえる断末魔

大阪城内には明治時代に兵器工場が開かれたのですが、その溶鉱炉の稼働中に誤って工員が落ちてしまったそうなのです。

そして、戦後に溶鉱炉を解体し底に溜まっていた鉄の塊を取り出して安置した所、夜になると亡くなった工員の断末魔の叫びが聞こえて来るそうです。

今も落ちた恐怖と想像を絶する熱さに苦しみ、誰かに助けを求めているのでしょうか…。

By: ume-y

終わりに

大阪城には紹介した以外にも、様々な用途不明の抜け穴や、魔除けにと作られた人面岩などが設置されています。

是非紹介した以外の所にも注目して、城内や公園内を巡回してみて下さいね。

因みに、淀君の霊は昼夜問わず頻繁に目撃されているので、もしかすると会えるかもしれませんよ。

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