祟りと怨念の巣窟! 恐怖の心霊スポット岸岳城とは

Sponsored Links

今回紹介する心霊スポットである岸岳城とは、佐賀県唐津市北波多の岸岳山頂に位置するお城で、肥前松浦に猛威を振るった松浦党の最大勢力であった波多一族の居城でした。

しかし、1593年に豊臣秀吉によって波多氏は改易(身分を平民に落として、屋敷を没収する事)され、主である波多氏は島流し、部下は自害と残党狩りで命を落とし、廃城と化してしまいました。

心霊スポットはどこら辺?

岸岳城で心霊スポットと言われているのは、瑞厳寺の近くにある『旗本百人腹切り場所』と、その周辺の無縁仏がある場所です。

お寺の近くであれば、何も怖い事も無い様に感じますが、それは大間違いです。

心霊スポットを見たいがために無暗に上記の場に出向いたり、騒いで失礼を働いてしまうと、自分の身を祟りが襲うと信じられているのです。

Sponsored Links

心霊スポットとなった理由

では何故心霊スポットとなる程に強烈な怨念が住み着いてしまったのか、それは上記に書いた豊臣秀吉と大きく関係しています。

城主であった波多三河守親は、秀吉が九州征伐に赴く際に参陣しなかった事や、朝鮮出兵に出る際に鍋島直茂に従う様にと秀吉に命じられたのにも関わらず、全く聞き入れる事無く独自で軍を編成してしまい、数々の秀吉に対しての反発がとうとう怒りを買ってしまいました。

その結果、朝鮮出兵から日本に戻ろうとした際に、秀吉から帰国を阻止され、突然常陸国筑波に流されてしまい、岸岳城に戻る事も許されずその地で息を引き取ってしまいます。

これを受けて、亡き主君の想像を絶する恨みつらみに涙を流して嘆き、多くの部下が亡き主君の後を追って自ら腹を切りました。また、生き延びて難を逃れた部下も、その後波多氏の代わりに地を治めに来た寺沢氏の復讐を恐れた残党狩りに遭って命を落としてしまいます。

そして、その腹切りが岸岳城の近くの瑞厳寺で行われた事から、瑞厳寺の近くには『旗本百人腹切り場所』と呼ばれる場所が存在し、周辺にはその悲劇で亡くなった無縁仏が今も残されています。

また、この腹切りをしたり残党狩りに遭ってしまった部下の怨念達を、地元の人は『岸岳末孫』と呼び、現在ではどちらかというと心霊よりも地域に深く根付いた祟り神として信仰している様です。

骸骨の様な生物が徘徊しているらしい!

岸岳城に肝試しに行った人の話によると、真っ暗な暗闇の中で骸骨の様な生物が徘徊していたそうです。恐怖のあまりその生物に見つからないように車まで急いで引き返したものの、何故かエンジンがかからず、同行していた友達の車も何故かエンジンがかからず、大声で『すみません、許してください!』と叫ぶと不思議とエンジンがかかったという話があります。

他にも、岸岳城に冗談半分で踏み入った人が、どうやら『岸岳末孫』に憑りつかれたらしく、半年近く体調がすぐれずに見た目もげっそりとやせ細ってしまったそうです。

ここに出没するのは、多くの恨みを持って死んで行った『岸岳末孫』で間違いないようで、もし悪戯に騒いでしまうと憑いて来てしまい酷い祟りがあなたを襲う事でしょう…。

終わりに

恨みを持って嘆きと絶望の末に命を絶った岸岳城の『岸岳末孫』を決して怒らせる様な事はせず、明るい内にお参りに行く程度にしておきましょう。

祟りが襲った場合は自己責任ですので、行かれるのであれば相応の覚悟をして行く様にしてくださいね。

Sponsored Links

この記事が気に入ったら
いいねで城の小ネタをお届け!

城ログの最新情報をお届けします

カテゴリー

ページ上部へ戻る